ママが言った。
「私がこれくらい小さい時にね、私のママがこの穴を空けたのよ。」
最近の若い世代はあまりしなくなったが、ママの世代は耳に穴を空けるのが普通だった。
ピアスとか、そんな小さい穴じゃなくて向こうが見通せるくらいの穴が耳に空いている。
バブ(おじいちゃん)もビビ(おばあちゃん)もママも空いていて、ビビの耳の穴には大きな飾りがゆらゆらと揺れている。
ママと私が家の周りを歩いているときに教えてくれた。
「これで耳に穴を開けるのよ。」
そこにはトゲトゲした植物が生えていた。
ピアッサーはないだろうから、何か金属を使うのかと思ったらまさかの植物で耳に穴を開けていた。
なるほど、だから前に妹たちの耳に木の棒が刺さっていたのはそういうことか、あれがファーストピアスの役割を果たしているのか。
ロマは私と出会ってから、私とお揃いにしたくて左耳にピアスを開けた。
それまでは何の傷もない、つるりとした耳たぶだった。
それ以外にも、他のマサイがしている身体改造をロマはちっともしていない。
マサイの人たちは前歯の下の歯を抜く風習があるが、ロマは抜いていないし、頬に丸のような模様もない。
妹たちも同様だ。
「どうしてロマは歯を抜かなかったの?頬も傷無いし。」
「ババ(お父さん)が嫌がったからだよ。」
お父さんの方針で身体改造に至らなかった、その理由がとても衝撃的だった。
「昔、ここら辺のマサイとスワヒリ(タンザニア人)は殺しあうくらい関係が悪い時期があったんだ。実際、何も知らないで他所から親戚を訪ねて来たマサイが襲われて殺されたりね、とにかく危険な時期があった。」
今の村の雰囲気からはおおよそ考えられないような諍いがあったという。
「ババは体の特徴でマサイだってわかるのを避けたかったから、子どもたちに身体改造をしなかった。もし争いがどんどん熾烈になって、子どもたちにまで危害が加わったら困るから。でも、マサイの伝統だからバブ(おじいちゃん)とは何度もそのことで衝突したけど、ババは自分の考えを曲げなかったんだ。」
「ババ、家族想いだったんだね。」
「昔はね、家族想いの優しい人だったんだよ。」
ロマが懐かしむように言った。
私は今のババしか知らないので、この話を聞いて初めてババを尊敬した。
世代の移り変わりもあって、今の若い世代は耳に大きな穴も開けないし、うちの村の子どもたちは頬に傷もない。
随分前にヨーロッパかどこかの団体が来て、女子の割礼は中止になったという。
今もその名残で、割礼はしないがお祝いをする風習があるという。
男子の割礼は今も続いているけれど、この先変わっていくのかもしれない。
時代の流れとともに変わるもの、変わらないもの、伝統を重んじる彼らの生活が今後どうなっていくのか間近で見ていきたい。