メイタタのしもべ日記

タンザニアのマサイ村に嫁いだ日本人の日常

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全力疾走

夕方5時、インターネットが繋がる原っぱにやって来て用事をしようと思ったら、思わぬ光景を目にした。

うちの村から少し降りて行ったこの原っぱに、3月の初めに畑を作った。自分たちが食べる分のウガリを作るためだ。(ウガリ:とうもろこしの粉を練ったタンザニア国民食)

マサイは牧畜民なので、基本的に農業はしない。

村のみんなでお金を出し合って、スワヒリのおじさんを雇って畑を管理してもらっていた。

とうもろこしの種を蒔いて、雨季の恵みを存分に受けてぐんぐん大きくなったとうもろこし。

途中でスワヒリのおじさんが酒乱すぎて、酔っ払って暴れたり漏らしたりして解雇になった。

その後もとうもろこしはスクスク育ち、そろそろ収穫の時期が来たところだった。

 


風もないのに畑のとうもろこしが揺れている。

揺れているとうもろこしの下を見ると、3頭の牛が居るではないか!

まずい!!

牛にとってとうもろこしは美味しいご馳走、先日も夜中に柵を破ってバブ(おじいちゃん)の畑を食い荒らし、何事もなかったように朝には柵の中に戻っていた。

朝、普通だったら草を食むのに、夜中にとうもろこしをいっぱい食べてお腹いっぱいになった牛たちは満足そうに座っていた。

「何で牛たち満腹なんだ?」

無惨にも食い尽くされたバブの畑が朝日に照らされていた。

 


もうすぐ収穫のこの時期に食べられてはたまったものではない。

タンザニアに来てから初めて全力で走った。

足元は草で覆い茂っていて、そのうえ畝があるので上手く走れない。しかもギョサンだ。

走るのは短距離も中距離も長距離も遅い。

その昔、生まれ育った村で「村体」という行事があった。

村中の全地域の学校別体育大会、当時小学校9校、中学校4校、高校1校あったうちの村は地区に分かれて結構真剣に競っていた。

中学生の時、走っても投げてもダメだった私は消去法的に走り幅跳びの選手だった。

側から見ても、私の走るフォームは何だかおかしい。本人は至って真面目だが、何かがおかしい、そして遅い。

遅いながらに声を出して、牛を牽制しながら何とか畑から牛3頭を追い出すことは出来たが、普段牛追いをしていない事もあって上手く誘導できない。

このままではまた畑に侵入してしまう。

ゼーゼー言いながら村まで走って大声で助けを呼んだ。

「エンギシュ エティ エングルマーーーーー!!!」(牛が畑にいる)

すると村のみんなが手に杖を持って走って来た。

みんなの足の速さについて行けるわけもなく、最後尾を追いかける形で原っぱに戻ると、すでに10人くらいの家族が牛を探して「タタ、牛どこで見たの?」と叫んでいる。

畑を下って、ぐるっと回った下手で無事3頭の牛は確保された。

 


被害は最小限で済んだ。

ロマも走って来て、「よく見つけてくれた!今日でうちの畑終わるところだったよありがとう!」と牛を追って村へ戻って行った。

はぁ、やっと用事が出来る。ママのスマホにアプリ入れなきゃとスマホの画面を見ていたらカサカサと音がする。

音の方向を見ると、とうもろこしの穂が揺れている。下を見ると茶色い牛が1頭、ムシャムシャと優雅にご飯タイムに入っているではないか。

また走って牛を畑から追い出し、彼女はスタコラと村の方に戻って行った。

牛は賢いのでこれは食べたらあかんやつ!と思いながら食べていると思う。

 

こうしてうちの畑は難を逃れた。

収穫までのあと少し、守りたい、とうもろこし畑。

その夜、久しぶりに走ったせいで、夜中にこむら返りにうなされるのであった。

 

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