王家の谷から帰って来て、お昼ごはんに舌鼓を打ち、いい感じに微睡んでいた午後。
ついにルクソール河岸からアスワンに向かって船が動き始めた。
船の中は広く、一番下の階はレストラン、地上階がレセプション、2階3階が客室とバー、甲板にもバーがあって乗客は自由に行き来出来る。
甲板には小さなプールがあって、そこで泳いだりソファベッドで寛いだり各々好きに過ごしている。
がしかし、私と母は同じくらい体力が無く、灼熱の甲板では楽しく過ごせないと判断しそそくさと部屋に撤収。
部屋から流れる景色を眺め、私は持ってきた小説に手をつけた。
たまたま持ってきた小説が、奇遇にもエジプトが舞台だったので世界観がより鮮明に浮かび、あっという間に上下巻読み終えてしまった。
西加奈子さんの「サラバ」という小説で、主人公は4人家族の弟「僕」から見た視点で世界が描かれている。エジプト人の人懐っこい感じ、ああ分かる分かる!
小説を読み終える頃に何やら外から声が聞こえる。
窓の外から「ヘーイ!アミーゴ!マダーム!」と聞いたことのある呼び声がする。
母「なんかいる!」
窓から外を覗くと、クルーズ船に縄を掛けて小舟が小判鮫のようにひっついている。
小舟に商品を積んだ商売人が甲板の乗客に向かって交渉しているのだ。2年前も同じ光景を見たが、何度見ても不思議な光景である。
テーブルクロスやタオル、服などを広げてプレゼンしている。時々、それらの商品を丸めて甲板に向かって放り投げる。お客さんは気に入ればお金を投げ返して交渉成立という中々危険を伴う商売だ。
動いてる船の上で風も吹いてるし、水面から甲板までは結構な距離がある。だが、彼らは強靭な肩と目を見張るコントロール力でいとも簡単に商品を投げてよこす。
「アミーゴ!チーパープライス!」
なぜイタリア語が混じってるのかは分からないが、熱意は伝わってくる。
窓から覗いてるのに気がつき、こちらにも熱心に宣伝してくれる。
「テーブルクロース、ドゥーユーノーハウマッチ?スモールプライス!ワッツユアネイム!!」もはや、一種のショーだ。
1時間くらい粘って、いつの間にか去っていった。
時刻は18時、ナイル川に沈む夕陽を見に甲板に上がった。
ナイル川に反射するオレンジ色の夕陽はとても大きく見えた。
クルーズ二日目の夜の帳が下りる頃、私はもう夢の中だった。