日付が変わる真夜中にキボハットを出発。
ハミシが先を導き、後ろにジョセフが付いてくれた。
あたりは真っ暗で何も見えない。ヘッドライトの明かりがハミシの足元を照らす。
彼の足元だけを見てゆっくりゆっくり進む。
「とにかく何かあったら、しんどくなったらすぐ言って。サポートするから。」
と2人が言ってくれる。ボトルの水も重いからとジョセフが持ってくれた。
キリマンジャロの最後の道のりは砂利道で、砂利に足を取られて登っているけれど2歩進んで1歩下がるような感覚。吐く息は白く短い。
とにかく寒い、寒さに弱い私はそれだけで気持ちが沈む。
どれくらいの時間が経ったかもわからない、上を見上げると先に登っている人たちのヘッドライトがチラチラと見える。
少しの休憩をはさんで、下を見下ろすと街の灯りが遠くに瞬いていた。
時刻は2時、出発して2時間経過していた。
お腹が痛い、そう便秘が辛い。ここにきて便秘に悩まされている私。
なんとか紛らわせようと、心の中で歌ってみる。
あんなに聴いていた歌の歌詞が思い出せない。Re:Re:も惑星もThe Autum Songもスターフィッシュ、粉雪(アジカン)…メロディしか浮かんでこなくて、歌詞は靄がかかったように思い出せない。
かろうじて君をのせてとCiaudia(氷室京介)はサビだけかろうじて出てきたが、これが高山病の症状か。
そうこうしているうちに気持ち悪くなってきた。
さっき食べたクッキーが少し出て、それでも胸やけが収まらない。でも、一度止まったら動き出すときに何倍ものパワーが要るのでノロノロと歩く。
やっぱり気持ち悪いと思ったら、夕飯に食べたパスタが盛大に出た。
ハミシが私の荷物を持ってくれて「もう少しだから、ゆっくり行こう。」
ジョセフが「僕の夢はタタとハミシと3人で頂上で写真を撮ることだよ。大丈夫、きっと行けるよ。」と励ましてくれる。
いつしか砂利道は終わって、ゴツゴツした岩場に手をつきながら這うように登る。
息ができない、足は鉛のように重い、寒い。
でもなぜか、頂上に3人でいる光景が浮かぶ。
体中の力を振り絞って岩場を登っていく。
朝5時36分、ギルマンズポイント(5756m)到達。
振り返ると雲海から朝日が昇る、ギルマンズポイントの看板が朝日に照らされていく。
私は一生この景色を忘れることはないだろう。
ハミシが「よく頑張ったね、頂上だよ。」とねぎらってくれた。
ここからは山の尾根をぐるっと回るようにステラポイントを経て最終地点のウフルピークへと続く。
ステラポイント(5756m)に着くころにはさっき吐いたのと食べられないのとで、低血糖症状とめまいが出てきて目の前が白っぽくなってきた。
ステラポイントで会った人々に「おめでとう!もう少しでウフルピークだよ!」と励まされ何度も足を止めながら、左手に雲海と氷山を見ながら最終地点を目指す。
2022年10月31日朝7時28分、ウフルピーク(5895m)登頂。
着いたときはただただ嬉しくて、写真を撮ったり周りを見たりしていたけれど段々と実感がわいてきた。
さっきステラポイントで出会ったアルゼンチンから来たおじさんが泣いていた。
ハミシ曰はく「ここが本当の頂上だからね、ここで達成感とか長年の夢が叶って泣く人結構いるんだよ。」
頂上に来れたのは、自分の力なんてほとんどなくて、重い荷物はエリナが運んでくれて毎日おいしい料理をエリックが作ってくれた。
ジョセフは英語あんまり喋れないから時々通じなかったけれど、いつも笑顔で励ましてくれた。
ハミシは上手く英語を話せない私を急かすことなく待ってくれて、私が一人だから食事の時いつも隣に来て私がさみしくないように配慮してくれた。
皆がいなかったら、私はここに辿り着けなかった。たとえ仕事だとしても、仕事以上のサポートをしてもらって今ここに来ることが出来た。
そう思って2人の顔を見ると、なんだか涙が止まらなくなって空気薄いのにさらに酸素消費して唇間紫になった。
「私ひとりじゃここに来られなかった。ありがとう。」
泣きながらゼーゼー言いながら2人に感謝の意を伝える。
「大丈夫だよ。泣かないで、顔真っ白だから!笑って!」
ハミシの後ろでジョセフが「3人で頂上これた!夢が叶ったよ~写真撮ろう!」と手を振っている。
こうして唇間紫、顔真っ白、泣きはらしてまぶたパンパンの何とも言えない記念写真が残ったけれどこれもまた思い出。
登ったら降りなきゃいけないのが登山。
下山編、次回へ続く。