いよいよ2025年も残り少し。
今年は濃密な一年だった。
1月、マサイ村に移住して、YouTubeを始める
これはInstagramでも言えることだが、当初は顔出しなんてする予定はなかった。
インターネット黎明期からネットの世界を見てきた身としては、全世界に自分の顔を晒すだなんて考えられなかった。鬼女板とかでなんでこのブス顔出してんだ?とか叩かれたら怖いと思っていたが、よく考えたら誰が私の顔に興味があるのだろうか(ない)。
自分が思うほど世間は自分のことなど気にしていないのに。自意識過剰だった。
そして住んでいる場所が日本じゃなくなったのも相まって、途中から今の動画スタイルに落ち着いた。動画編集は趣味だし、いつか振り返って映像で見られるよう残しておきたい、そんな気持ちで始めたYouTube。
そうだ、あと100年もすれば私のこと知ってる人なんて誰もいなくなるんだから好きにしようと思った年始。
2月、マサイ村水プロジェクト決起、手始めにママの家に貯水タンクを買う。
見切り発車オーライ、思ったことはすぐにやってしまう。人はそれを無計画という。
口は出ないが手は出る(?)無言実行タイプ。
予算もないのにマンション売って手に入ったお金を切り崩して貯水タンクを購入、今考えるとこの頃は本当に必死だった。
「雨乞い やり方」の検索履歴がこの頃の心情を物語っている。
3月、マサイ村水プロジェクト始動、初めてのクラウドファンディングに挑戦。
やるか悩んだクラウドファンディング。
やはり身銭を切ってやるべきなのではないかVSそんなこと言ってたら今季の水不足解消できないよ、Fight!!
スピード感を重視した結果、クラファンをやってみることにした。
案の定、「働いて自分のお金でやれ」とか「乞食」とかいう批判もちらほらあったが、クラファンのルールに則って正々堂々やっているので「何言ってんだ??」と思っていた。
そんなに簡単に他人からお金をいただけると思うのであれば、自分もクラファンをやってみたらいいと思う。
やった事ない人間に限ってそういうこと言う、要は自分の生活が満たされてない上に暇なんですね。
でもそういう意見は極々少数で、圧倒的大多数は「頑張れ!応援してる!」という温かい言葉だったので、グータラな私が毎日インターネットの電波を探してクラファンページや各種SNSを更新できたのはみんなのおかげ。間違いなく。
4月クラファン終了。
なんでか4月に入ってからInstagramがバズり、この1ヶ月でフォロワーが70人から4万人になった。どこで見つけてくれたかわからないけど、ありがとうございます。
毎日電波を探し歩き、スマホの充電に奔走し、動画作成に明け暮れた4月。
インスタのおかげでこのクラファンが【NEXT GOAL井戸を掘る】ところまで連れて行ってくれたのは間違いない。
SNSの力を見た瞬間だった。
見たことも聞いたこともないであろう遠い外国の村のために、336名の皆さんが支援をしてくれたこと。こんなにも勇気づけられたことはない。
直接支援してくださった方はもちろん、拡散を手伝ってくれた人たちやライブを見にきてくれた人たち、各種SNSで応援してくれた人たち。
私はこの優しさをずっと忘れることはありません、ありがとうございました。
もらった優しさを、また次の誰かに渡せるようになりたい次第です。
5月、42歳になった
地球が太陽の周りを42周したと思うと壮大な気分になる。
ここまで大きな怪我も病気もなく生きてこられたことに感謝。
ロマがお誕生日ケーキを買ってきてくれて、忘れられない誕生日になった。
ちなみに41歳の誕生日は何をしていたかさっぱり思い出せない、多分日本で普通に働いてたんだと思う。記憶に残る誕生日を迎えられて嬉しい。
6月、マサイ村全戸の貯水タンク設置完了
お義父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、叔父さんの家にタンク設置完了。
こうしてマサイ村に綺麗な飲み水が行き渡った。
自腹で他の村に住む叔父さん(ロマのお父さんの長兄)にタンクプレゼントしたら、叔父さんの妻2人に大感謝され、やはり水って命の源なんだなと実感。
ちなみに毎回同じ店でタンクを買っていたので、店のおっちゃん(チャガ族)が私たちにとっても優しくなった。「困ったら言えよ!この車も必要な時に言ってくれたら貸すから!」なんとも気前のいいご主人である。
注)タンザニアには100を超える民族が暮らしており、チャガもその一つ。
基本情報として商才に長けており、お金にめちゃめちゃシビア。マサイだったら借りたお金返すの忘れても問題ないが、彼らの世界だと腕を切り落とされかねない(ロマからの情報)。
タンクを売るご主人も、タンクをもらう叔父さんも喜んでくれてwin-win。唯一、私の貯金残高だけがクリティカルダメージを負っているが水>金、水の方が大事だ。
7月、井戸完成。日本へ一時帰国
「今日行くよ〜」っていうメールは来るが、肝心の井戸掘り業者が来ないあるある。
この頃には日本への一時帰国が決まっていたので、早く完成させてもらわにゃ困る!ポレポレ言ってる場合じゃない。
と、半ば脅迫に近い内容で業者を詰める日々。
「入金したのに来ないのは何故ですか?一緒に警察に行きたいのでしょうか?」
翌日来た。やればできるやん?
井戸を掘り終わったのち、井戸設置業者はまた別の業者なので、ここでも難航。
「金払ったやろが?一緒に警察行きたいんかワレェ?」(声の出典:やすえ姉さん)
すぐ来た。業者の目が怯えている。
業者さんたちの働きのおかげで井戸が完成した、地元の業者に頼むことで今後のメンテナンスや補修もやりやすくなる。
ほっと一息つく間も無く、荷物をまとめて日本に一時帰国。
家族は井戸ができて嬉しい反面、私とロマが日本に行ってしまうので泣きながら旅の無事を祈ってくれた。
いつだって離れる時は辛いものだ。すぐ帰ってくるからねとマサイ村を後にした。
8月、日本で短期派遣で働き始める
看護師という職業のいいところは、どこも看護師不足ですぐに働けるというところ。
帰ってきて2週間で入職、1年ぶりに看護師復帰。
2ヶ月契約で雇ってもらい、飛行機代を稼ぐため働き出した。
日本の夏の暑さにやられる。
9月、ロマの緊急入院
私がロマと出会ってから、一体何回目の入院だろう。
怪我、事故、マラリア、意識消失、病気の総合商社のようだ。
しかし今回の入院は割とシビアだった、ちょっと泣きそうになった。
不幸中の幸いで他の疾患が炙り出され、治療を開始できたのは良かった。人間万事塞翁が馬。
病棟の看護師さんの温かさに触れ、あ〜病棟看護ってこんなんやったな〜と僅か4年前まで自分も病棟看護師だったことを思い出した。
患者家族側の視点で看護を俯瞰で見れたのは良い学びになった、お世話になった看護師の皆さん、忙しいと思いますが体に気をつけてお大事にしてください。
ロマは元気に治療に取り組んでいます。
10月、神社で結婚式を挙げた
ようやく夏の暑さもおさまった秋口、京都の梨木神社で結婚式をした。
結婚式キャンセル界隈とか騒いでいた去年が遠い過去。
ようやく実現した結婚式。
とにかく即決即断の私(無計画ともいう)。
今回もさっさとしないとまた延期の可能性があるのでロマの主治医に結婚式してもいいか確認し、衣装合わせに行き、式をあげるまで3週間。
スピード婚だ(?)。ちなみに家を買う時も見学して即日購入だった私は、和装の衣装を決めるのも早かった。
白無垢は並べてもらった中から「これがいいです。」と他の試着をせずに決定。
色打掛は2種類試着して「これがいいです。」と決定。
予想打ち合わせ時間を2時間巻いてのフィニッシュ。
担当者さんから「指輪交換の時、リングピローをお持ちいただいて…」
「リングピロー?」
「結婚指輪買った時に箱ついてきませんでした?」
「捨てました。タンザニア行く前に、もう指輪を箱に戻す機会ないと思って…荷物になるし…(言い訳)」
「え!そうなんですか?!ちょっと先方にリングピローなしで行けるか聞いてみますね。」
いらぬ手間を取らせてしまった。
結果、台の上に裸のまま結婚指輪を置いて交換することとなった。
タンザニア行く前っていうか、結婚指輪取り出した当日に箱捨てたんだけど、こういうこともあるので取っておきましょう。
11月、ロマ32歳の誕生日を祝う
ロマに出会って3年経った、この間一度もロマの誕生日を一緒に過ごしたことがない。
日本とタンザニアで離れ離れで過ごす誕生日が多かったが、誕生日を祝う風習のないマサイにとっては通常どおりの1日なので、特別感は全くない。
「1日/365日だよ?」
「え〜(困惑)タタと一緒に過ごす毎日の方が特別だよ。」
プレゼントも喜んでくれて、ケーキも嬉しそうに食べるロマがそばにいること。遠距離で離れていた時のことを思うと、確かに一緒に過ごせる毎日は特別なことなんだと気付かされる。
つくづく、いい夫に巡り会えたものだ。アッシェエンガイ。
12月、ロマの一時帰国
家のことや井戸のことを見にロマだけ一時帰国。
チケットの高さにドン引きし、「本当にこの金額をかけてまで、まして治療中にマサイ村に帰らなければならないのか」を議題とした家族会議を3回開催し、最終的に議決された。
そんなわけでロマは今マサイ村に帰っていて、私は日本でお留守番だ。
この1年はずっとロマと一緒にいることができたので、久しぶりの一人暮らしになって時間を持て余している。
去年はジェットコースターに乗ったような1年だったが、今年は紐なしバンジージャンプみたいな1年だった。
いつだって新しいことに挑戦するときは紐なしバンジージャンプ。
成功する保証もないし、失敗して救済策があるわけでもない。
でもここから動かなければ現状は何も変わらない、新しい世界に飛び込んで踊るのだ。
何はともあれ楽しい充実した1年だった。
インターネットがいつでも使えて、いつでも充電できる日本に戻ってきた方がブログの更新頻度が下がってしまう謎。
来年もよろしくお願いします、良いお年をお迎えください。

ロマがいないのでシーフードを楽しんでします🐟