バーの閉店を決めた私とロマは、テナントオーナーのカサカと何を残して何を引き取るか、幾らで店を売却するかの話をつけて家に帰った。
家に帰る前にバブ(おじいちゃん)が店に来て、ロマと何か話している。
ロマが
「350,000シリング持ってる?」
と聞くので財布ごと渡したら、中身の260,000全てをバブに渡した。
私は横で見ていてビックリした。どうしてバブは本当の事を知ってるのに、ロマを庇ってくれないのか。
それどころか、お金を払わなければならないのか。
「ごめんね、あとで電子マネー下ろして返すから。」
そういう問題ではない。
悪い事何もしてないのに、向こうの言い分が正しくてロマが悪かったみたいになるのはおかしい。
聞くところによると、ババ(お義父さん)がまだ怒っていて、これから家族会議が開かれるのだという。
そんな理不尽な会議に出る義理はない、一旦街に逃げようと決めてバジャージ(オート三輪)を呼んで荷物を取りに一緒に家に帰った。
時刻は午後7時過ぎ。
家に着いて荷物をパッキングしていると、子どもがロマを呼びに来た。
なんでも家族会議に出なかったら、もう家族ではない。そして、ロマの代わりにママを呼び出して断罪すると言うのだ。
産後で赤ちゃんの面倒を見ているママを連れていくなんて正気の沙汰ではない。
仕方なくロマは会議に引っ張り出されて行った。
バジャージのおっちゃんと一緒に待っていたが一向に帰ってこない。
母屋に行くと、ジェニファーとマグダレナ(妹④⑤)、それにノバーロン(従姉妹)が見た事もないくらい泣いていた。
きっとロマが帰ってくるまでに、家族に何かされたのだろう。
痺れを切らして会議が行われているビビ(おばあちゃん)の家に行くと、円形にバブ、ビビ、ババ、コイカイ、ロマが座っている。
ロマの目は真っ赤だ。
「あのーいつまでかかりますかね?バジャージ待ってるし時間無駄にしたくないんですけど。」
英語で言ったので、ババとコイカイは理解したはずだ。
誰も私の問いかけには答えず、重苦しい空気が漂っている。
一回は離れたけれど、もう一度踵を返してロマを連れに行く。
するとババが立ち上がり、家の外に出た。
ロマも外に出てバジャージが待っている家まで歩いていくその後ろからババが何か罵声を浴びせる。
その瞬間。
私の見ている目の前で、ババはロマを棒で叩いた。叩いたというか、フルスイングで振り切った、が正しいか。
腰のあたりが鈍い音を立てた。
それでもまだ怒りが収まらないようで、逃げるロマを追いかける。
私は後ろからババの腕を掴んで
「やめて!」
と言うがババは足を緩めない。
それを母屋から見ていたノバーロンが泣き叫びながら止めようとする、その彼女にも棒を振りかざそうとするのだ。
もう叩かれてもええわ、私を叩いたらどうなるか、そこまでババもアホちゃうやろ。
ババの目の前に立ち塞がって、バジャージのおっちゃんに言った。
「さっさと出よう、ロマ、早く乗って。」
ロマと一緒に素早く乗り込み、まだ何か叫んでいるババを振り切って街へ出発した。
ロマは混乱していた。
色々あってもずっと家族だと思っていた人たちは、誰もロマの言い分も聞かず断罪した。
地面に膝をついて謝罪をし、お金まで払ったのにババに棒で叩かれるなんて。
「家族はずっと自分のことを好きだと思ってた。でも違ったみたい、みんなコイカイが大事なんだ。」
確かにコイカイはバブとビビの間に生まれた最後の男の子だ。そりゃ可愛いだろう。
でも、そんな事が許されるのか?
今までだって、ロマが彼にたくさんお金を払ってあげた事を知っている。
店に来てお金を払わずにお酒を飲んだり、ロマのバイクを借りてガソリン代も払わない事、一回はバイクで事故って修理費も全部ロマが払った事。
彼だけではない、ババだってロマからいくらお金を援助してもらっているか。
貸してって言ったお金は戻ってくる事もない。
それでもロマは何も言わずに助けてきたのに。
そんなふうに恩を受けておいて、こんな仕打ちができるなんて。
私もお腹に焼け石を飲み込んだように、お腹の底が焼けるようにヒリヒリした。
ロマの哀しみはもっとだろう。
「ババはママを憎んでいる。だからママの子どもである自分の事も嫌いなんだよ。」
怒りと悲しみにまみれて、私たちは宿に着くと何もせずに眠った。
翌日、6時くらいにふと目が覚めたらロマと目があった。微かに震えていた。
ロマは一昨日から何も食べていない、低血糖か。
ジュースを買ってきて飲ませる、牛乳も飲みたいというので取り寄せた。
しばらくすると落ち着いて、どこかに電話し始めた。
何件も電話をかけていく。
電話の向こうの声を聞くに、叔父さん、バブ、ビビと順番に家族に電話しているようだ。
「今朝、思ったんだ。神様は全て見ている、今回のことも真実は神様が知ってる。だから家族を赦そうと思う。ババに叩かれて村を出た後、バブがババを断罪してみんなで自分たちのために祈ったんだって。」
ひっくり返りそうになった。
昨日あんなに酷い目にあって、家族の誰も信じられないと打ちひしがれていたのに。
私なら死ぬまで根に持つけど、ロマは赦して以前と同じように付き合うという。
「今からババに電話するよ。」
いつもの声のトーンで淡々とババと話すロマ。
人生何周目ですか?
「ババ、多分昨日のこと悪いと思ってたと思うよ、声が沈んでた。」
「ロマには悪いけど、私はロマを殺そうとしたババを赦さない。いつも通りに振る舞うけど、困っていても二度と助けない。」
目を細めて笑っているロマ。
ああ、この人の透き通るように純粋な心に惹かれたんだった。
「きっと家族はロマのことが好きだよ。」
「知ってるよ。」
何があってもロマのこと護ってあげるからね!というと大きな目で私を見てキョトンとしていた。
ちなみにお金はみんなの手前収集したが、バブが後日返してくれるらしい。
やはり村をまとめ上げてきたバブは一枚も二枚も上手だった。
マサイ村騒動、これにて決着。
腰のポーチに入れていて、ババに叩かれて砕けたiPhoneSE。これがロマの腰を守ってくれたと思おう。